【目から鱗】奴隷の哲学者エピクテトスによる自由を手にするシンプルな考え方


自由を手に入れたい!とは誰もが思うことです。では究極の自由とは何か?
その答えを、奴隷の大哲学者エピクテトスが教えてくれます。

先日、投資や副業と絡めて、エピクテトスのことを一部書きましたが、あまりに衝撃を受けた本だったので、さらに詳しく書き、日常に応用できるように意識して解説します。

1. 自由を手にするとてもシンプルな方法がわかる
2. 気にすべきでないことが明確になり、心が開放される
タライ・ラーマくん
目から鱗の本でした。

 

外にあるもので自由を得るのは難しい

日本は勢いをなくし将来の展望が見えない。
その不安もあってか最近は資産形成により経済的自由を得る方法をよく目にするようになりました。

しかしよく考えてみると、経済的自由を獲得したとして、得られるのは経済的な自由だけです。

私たちは、お金意外にも、死の恐怖、老いる恐怖、権力や名誉から脱落する恐怖、お金や家族を失う恐怖など、様々な恐怖と戦わなければなりません。

今回お話するエピクテトスは、奴隷出身ながら究極の自由と幸福を謳歌していた哲学者です。

古代ローマの最後の五賢帝マルクス・アウレーニスの書いた自省録にも何度もエピクテトスの教えが載せられています。奴隷でありながら強い影響を与えていたのが面白いところです。

 

エピクテトスによる自由を得るための考え方

古代ローマの大哲学者エピクテトス

エピクテトスは紀元50/60年~135年、古代ローマで活躍したストア派(禁欲主義)の奴隷出身の哲学者です。足も不自由で、国外追放の辛酸、塾講師としての不安定な収入と大変な人生を歩みながらも、究極な自由を掴んでいきました。

ローマの五賢帝の最後の皇帝であるマルクス・アレニウスは、エピクレスの影響を強く受け、彼の著書、自省録の中でエピクレスの言葉を何度も引用ています。皇帝が奴隷出身のエピクテトスと師弟関係にあったところが面白いですね。

では自由を得るためにすることは何か。
これがとてもシンプルです。

1. 物事を「自分次第のもの」と「自分次第でないもの」に分ける

2. 自分次第のモノに価値を置き、自分次第でないものを軽視する

たったこれだけです。

このシンプルな方法を行うだけで私たちは究極の自由を手に入れることができるのです。

1.「自分次第のもの」と「自分次第でないもの」を区別する

エピクテトスは、物事には「自分次第のもの」と「自分次第でないもの」の2つに分かれると言います。

「自分次第であるもの」は、自分で完全にコントロールできるもの、「自分次第でないもの」は、自分で完全にコントロールできないものです。

「自分次第であるもの」は、自分で完全にコントロールできるもの

「自分次第でないもの」は、自分で完全にコントロールできないもの

分かりやすく説明するために、最初に「自分次第でないもの」から解説します。

お金、名誉、健康、地位、人間関係、死などは、ある程度は自分の努力で何とかなる部分もあるかもしれませんが、それでも自分で完全にコントロールすることはできません。

こういう外部要因に影響されるものは全て、「自分次第でないもの」です。

「自分次第のもの」は、自分で完全にコントロールできるものです。環境に全く左右されないものと言い換えることもできます。

それは自分の「意思」だと言います。

自分が何を思い何を考えるかは神でさえ妨げることのできない領域である。神でさえ妨げることのできないものを神は人に与えた」

2.「自分次第でないもの」を軽視する

あなたが真の自由を得たいのであれば、「自分次第のもの」に価値を置き、「自分次第でないもの」を軽視することだ

こうエピクテトスはこのように説きます。

「自分次第でないもの」は運やタイミング、今ある状況など外の要因に左右されるため、思い通りにならないことも多いです。

例えば、私たちはお金があれば自由になるのに、と思います。

しかし、お金があればあったで失う恐怖があり、金持ち同士の比較や嫉妬の対象となるかもしれません。

自分次第で無いものを求める限り、心の平安は環境に左右されてしまうのです。

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だからこそ、自由になりたければ、「自分次第のもの」だけに価値を置け

と言います。

自分次第のものこそ、神さえ奪うことのできないものであり、自分の本当の所有物だということです。

あなたの馬が美しいと褒められたとして、それは馬が美しかっただけであなたとは関係がない。

あなたの馬が美しいと褒められたとして、それは馬が美しかっただけであなたとは関係がない。

お金があって偉いと思っても、それは今あなたのところに集まっているに過ぎず、あなた自身とは関係ない。

自由は、「自分次第でないもの」の中には存在しないというのです。

奴隷だったら主人に従わざるを得ないではないか?と私たちは反論に対してエピクテトスは次のように答えます。

主人に従うか従わないかは、あなたの意志で決めることができるものだ。
従いたいと思えば従えばよいし、従いたくないと思えば従わない自由もある。

それにより罰せられるかどうかは、「自分次第でないもの」の領域であり、軽視すべきものだ。

これは何を言っているかというと、スティーブン・R・コヴィー博士の7つの習慣の、第一の習慣「主体的である」を言っています。7つの習慣にある影響の輪が「自分次第のもの」に相当しますね。

エピクテトスの教えは7つの習慣の「主体的である」をさらに推し進めているところが面白いです。

エピクテトスの教えを掘り下げる(具体的な事例)

エピクテトスは様々な具体例を出しています。どの具体例でも、あなたがやることは2つだけです。

 

1. 物事を「自分次第のもの」と「自分次第でないもの」に分ける

2. 自分次第のモノに価値を置き、自分次第でないものを軽視する

人との比較

私たちが人と比較をするとき、比較対象となっているものは、自分の外側にあるもので「自分次第でないもの」です。

自分次第でないものは、本当の意味で自分の所有物ではない借り物です。どちらの借り物が優れているかなど、全く意味のないことだということがわかるでしょう。

他人の評価

他人からよく思われるか悪く思われるか、これは私たちがコントロールすることができません。心を平穏に自由に保ちたいならば、マイベストなあなたで十分であり、自分次第でない、他人の評価に囚われるのが馬鹿らしくなりますね。

良い出来事と悪い出来事

出来事は本来中立であり、中立の出来事に良い意味付けをするか、悪い意味付けをするかは私たちの意志です。大切なのは、出来事をどう意味付けするかです。その判断こそが「自分次第のもの」で、大切にすべきものです。

将来に対する不安

将来起こる出来事に良いも悪いもなく、その出来事を私たちがどう捉えるかが大切です。何が起こっても良い意味付けをしていけば自由と幸せを手に入れることができます。

私たちがやるべきは、物事の捉え方を絶えずチェックしていくことだと言います。

私たちが何を考えるか、物事をどう捉えるか、それこそが大切であり、自由と幸せを得る唯一の方法です。

不測の事態への備え方

いつでも最悪を想定すれば実際に悪いことが起こっても準備ができていて苦しまなくなると言います。
想定外だったというのは、ただ単に認識が甘いだけだというのです。

意見を言うときも主張が通らない可能性がある、ボーナスも低い可能性がある、電車も事故で遅れる可能性がある、ビジネスも一生懸命やってもうまくいかないときは上手くいかない。

自分の中の期待値を下げることで、うまくいったときは喜びが大きくなり、うまくいかないときでも想定の範囲内で落ち込むことが少なくなります。

欲望との付き合い方

環境や運に左右されるものは欲望の対象にしないことが、心を平穏にし、自由を得る最も確実で簡単な方法です。

自分次第でないものに囚われないこと。エピクテトスの教えは本当にシンプルです。

チャンスが来たらつかめ、チャンスが来なければ待て。慌てるな。これがエピクテトスからのアドバイスです。

所有に対する考え方

自分が本当に所有しているものは自分が完全にコントロールできる意思だけだ。
ゆえに自由意志は簡単に手放すな。自由意志は神さえも妨げることができない領域で神が私たちに与えた最大のプレゼントだ、それだけあれば十分だ。

これが、エピクテトスの教えです。

「自分次第でないもの」はすべて軽視してよい。あなたの持ち物が多ければ、単に、持ち物が今自分の元に集まっている状態なだけ。

状況によっては、最初から所有できなかった可能性だってありますし、持ち物を失ったとしても、元あった場所に戻っただけだと考えれば、心が乱れにくくなるという訳です。

人を判断する前にやるべきこと

私たちは人に対して様々な判断をします。しかし、エピクテトスは正しい判断をしたいならば、表面的に物事を見るなと教えます。

例えば、私の母親は毒親で私の人生はメチャクチャにした!と母親を恨んだとして、母親は人生をメチャクチャにするだけの存在でしょうか?

他にも、親子の関係、食事や住む場所を与えてくれた人、教育を施してくれた人、痛い思いをして自分を世に出してくれた人、自立できるまで育ててくれた人、などたくさんの役割を担っています。

円柱も、上からみると円、真横から見ると長方形、斜めから見ると正方形に見えます。

人や物事も同じで、一つの方向からしか物事を見ないとすれば、それは正しい見方をしていません。

人を判断する前に、あなたとの関係性をいろいろな角度から見る

その人がなぜそのような行動をしているのか、その背景にあるものを見る
背景が分からない場合は安易に判断することを控える

最後に

いかがだったでしょうか。私たちが奴隷になってしまうのは「自分次第でないもの」でないものに囚われるからである。

自由になりたければ、自分が完全にコントロールできる「自分次第のもの」だけに価値を置きなさい。それは自分が何を思い、何を考えるか、それを大切にすることだ。

1. 物事を「自分次第のもの」と「自分次第でないもの」に分ける

2. 自分次第のモノに価値を置き、自分次第でないものを軽視する

私たちは、今までの習慣や思いが潜在意識に入っています。

エピクテトスの言われていることを日々の生活に取り入れるためには、今何を思い、何を考えているかを絶えずチェックしていくことが、潜在意識をアップデートする良いトレーニングとなります。

どの程度までエピクテトスの教えを日常に取り入れるかは私たちの自由です。自分次第でないものを求めることも悪いことではありません。

しかし、「自分次第でないもの」を求めるにしても、エピクテトスの考え方は極めて有効だと考えています。

投資や副業でエピクテトスの考え方をどう生かすか、こちらの記事で提案をしています。興味があれば参考にしてくれたらうれしいです。

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このブログは、以下の2冊を参考にしています。

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それでは、終わります。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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