まとめ(エピローグ)


余分なモノを取り除いて、環境を最適化させる

最近、禅に傾倒しています。車で30分しないところに鎌倉があり、毎週末、早朝坐禅を楽しんでいます。冬は寒いので、少しペースが落ちますね。

さて、西洋人は科学を発明し東洋人は瞑想を発明したという言葉を聞いたことがあります。おもしろい言葉だなと思います。文明的、物質的なものを西洋人が発達させ、心の部分に東洋人は関心を示し、発達させたということなのでしょう。

よくある成功哲学は、自分に足りないノウハウやスキルを追加するスタンスを取るのに対し、禅は余計なモノを取り除くという引き算のスタンスと取っています。
「私」という字の中に「仏」が入っていますが、仏様は私の中にあり、埃や塵を取り除くと仏が出てくるという考え方を禅はするわけです。

僕自身、自分に足りないものを補おうと、成功哲学にハマった時期があります。いろいろなセミナーや本で学ばせていただきましたが、いつまでたっても足りないという感覚が残りました。
結局、今あるものから余分なものを引いていこうと考え、シンプルライフのスタンスを取っています。引いていくのですから、不足感は生まれません。

このブログでも足す生き方よりも引く楽しさをテーマに書いています。

最後に

今こうして、自分を振り返る中で、書くことの楽しさを発見しました。本を書いたり、ブログを書いたり、自分なりの幸せについての考えなどを人に伝えていくのも面白いなと感じるようになりました。

誰でも人は、いつかこの世からいなくなりますが、ストーリーは永遠に残る。息子が大きくなったときに、私自身どのような考えで息子を育ててきたのか、私自身どのような視点で生き方を捉えていたのか、記録に残していきたいと思うようになりました。

アナスタシアという本の中で『一族の書』というのがありますが、代々、私たちが何を考え生きてきたのかを子孫に受け継がれることで、地に足の着いたアイデンティティが生まれるかもしれない。今後は、表現者としての自分を意識し、貢献と感謝をテーマに人生を費やしていきたく考えています。

哲学者ニーチェの言葉「世界は深い』まさにその通り。私たちが知らない世界はたくさんあり、自分が正しいと思っていることも実は正しいと思い込んでいただけで真実とは違うことなんてざらです。まさに世界は広いのです。

いくら正しく世界を見ようとしても、歪んだレンズで世界を見てしまうのが世の常です。僕自身、これは絶対に正しいと言えるのかと常に疑いたいと思っています。それでも思い込みが激しく、正しく見れないことがほとんどです。

一番大切なのは、自分の軸を持つことだと思います。自分の今まで持っていた考えにスパイス的にいろいろな人の話を取り入れ、逆に必要のない考えを手放していく。これが理想な生き方だと思っています。

手放すからこそスペースが生まれ、必要なものが入ってくると言われますが、まさにその通り。いろいろなものを手放して、そして捨てて、身軽になって自由になる。とにかく身軽になっていく。

過去も手放し、未来も手放し、今を軽く生きる。

そんな生き方が自分にとっての理想としています。どうぞよろしくお願いします。

NO IMAGE