人生の流れが美しくなる「お金」の作法(前編)


 

今回は禅僧の書かれた書籍の中でお金の扱い方をテーマに解説します。

究極のミニマリスト、シンプリストは誰か?と問われたら、僕はお坊さんだと考えています。特に禅僧の修行僧である雲水さん。

彼らに与えられるスペースは畳1枚分。その中に寝具や作務衣、食器などが置かれています。

禅寺の主催する坐禅合宿に何度か参加させていただいたことがあります。持ちこめる物は究極に少ないです。
電子機器は不可、もちろんスマホはダメです。本も微妙です。

合宿で提供されるのは、坐禅用の座布団とお椀は3つとお箸と10センチほどのナプキン。
棚の上に座布団と海苔巻きのように巻かれている寝具が置かれています。これだけです。

禅の思想は引き算です。

人は本来仏だが、いろいろな執着や思いが埃のように付着し、自分が仏であることを忘れてしまっている。
そこで修行によって不要なものを取り除き、本質だけを残していこうという訳です。

今回紹介する本は、『人生の流れが美しくなる 禅、「お金」の作法』という本です。
曹洞宗のお寺、建功寺の枡野俊明住職により書かれたものです。

これが最高におもしろく、いろいろな発見がありました。
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この本では、質の高い生活をするためのお金の使い方を学ぶことができます。

このブログでは、この本をもとに僕の感想なども交えて紹介します。

 

禅僧が大切にするシンプルライフの教え

枡野住職が大切にしているシンプルライフの教えで、なるほど!と思うところを中心に解説します。

お金を巡らせる(縁を巡らせる)

仏教では「縁(えん)」をとても大切にされているそうです。ご縁がありますように、の縁ですね。

仏教の言葉で「諸法無我」という教えがあります。
生きとしいけるものはすべて、繋がりの中で生かされているということを指している言葉だそうです。

お金も縁を意識すると良いそうです。自分のところだけに留めるよりも、必要なところに巡らせるというものです。

川の流れのように、お金に流れを作り縁を巡らせていくと、いろいろな縁が生まれ、お金にも恵まれてくるというのです。

今お金が手元にあるのは、物と自分には縁があるからです。

その縁を大事にし、物を粗末に扱わず、物に命を授けるように扱っていきます。壊れたらすぐに捨てることはせず、修理できるものなら直し、不要になっても使ってくれる人がいればその人に使ってもらう。

こうして物に命を授けていきます。

安易に新しいものと取り換えることは、人に対しても同じ発想を抱くことになると言います。
確かにその通りだと思いますね。

かつて、僕も富士山麓で農的な暮らしをしていたことがありました。
そのとき、ニワトリを無料でもらってきていたのですが、そのニワトリは卵を産むよりもエサ代の方がかかるものでした。

そんなニワトリは殺処分されます。そんなニワトリをもらってきて、育てていたのです。
そんなニワトリを引き取り、大切に育てると、見事復活して卵もたくさん産むようになります。

私たち人間までも経済動物とならないようにするその第一歩が物に命を授けることだと感じました。

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もちろん、修理が難しかったり新品よりもお金がかかったりすることもあるのでケースバイケースであると思います。

しかし、物に命を吹き込んでいくというのは大切な教えのように思います。物をむやみに買い替えなければ、お金にもやさしくなりますね。

喜捨

前のお金を巡らせるに関連しますが、お金や物を巡らせる行為として喜捨も有効です。

喜捨は本来は自分が持っている執着心を捨てさせていただくことで、心を洗う行為なのだそうです。

無理なくやるには、持っているものの1%を喜捨するというのが良いみたいです。財布に1,000円持っていたら10円、1万円持っていたら100円くらいが良いようです。

ちなみにブッタは弟子たちが托鉢をするときに貧しい人の家を回りなさい。
と説いたとどこかの本で読んだことがあります。

弟子たちは、
「金持ちの家を回るの間違いではないですか?貧しい人の家ではないですよね?」
とブッタに聞き直しましたが、
「間違いではない。貧しい家を回りなさい」
と言われたそうです。

なぜ貧しい人たちの家に回るかというと、貧しい人は人に与える習慣がない。
だから、縁を巡らせることができず、ますます貧しくなってしまうからなのだそうです。

与える喜びを味わえると豊かになれるという教えを説かれたのだそうです。

実際やってみると、僕の場合感情が動くんですよね。去年の暮に、坐禅会でお世話になっている鎌倉のお寺に5,000円を賽銭箱に入れることにしたのですが、入れる前に「ウッ」となりました。

実際に入れてみるとすがすがしい気持ちになりましたが、賽銭箱に入れる前は心が揺れ動きました。
僕の場合は5,000円は多すぎたのでしょう。

一般的には、所有の1%を喜捨すると良いと書かれていましたが、継続するにはそのくらいが丁度良いだろうなと僕も感じています。

今この瞬間に全力投球する

私たちは、今使わない物でも将来使うかもしれないと、捨てずに持ち続けることが多いです。
しかし、それが罠なのだそうです。

将来使うものはそのときに買えばよい。それが一番安くすむし、エネルギー漏れも起こらないのだそうです。将来もしかしたら使うかもしれない、と物をとって置くと、今この瞬間ではなく未来に生きやすくなります。

考えてみると、未来の不安は自分が勝手に創り上げたもので、実際に起こるかどうかも分からないものです。

将来何か起こったらどうするか?という質問に対する禅の回答は、「そのときになって考えなさい。」だそうです。

実際人は必死になって行動しているときには不安にならない生き物です。
起こってもいない不安には全力で行動することはできません。行動できずに見えない敵と戦うときに不安が生じます。

心配する不安の9割は実際には起こりませんが、万一起こったときは、真正面から立ち向かえば良い。
真正面から立ち向かえば、人は意外と怖れや不安が消えるものだと言います。

これは私たちにも経験があるのではないでしょうか。

例えば、かけたくない仕事の電話をかけなくてはならないとき。
嫌だな~という気持ちが生じますが、いざダイヤルを押してかけると、嫌だな~という気持ちが自然と和いでいます。

覚悟が決まって思い切って飛び込むと、意外となんとかなるんですよね。

スカイダイビングでも同じ経験をしました。高度1万メートルを飛行機から飛び降りる前は恐怖と不安でいっぱいでしたが、いざ飛び出してみると、不思議と恐怖心や不安が消え、凄く気持ちの良いものに変わっていきました。

私たちは自分が勝手に作り出した不安や恐怖と戦っているのですね。

ちなみに禅では過去にも執着することを良くないものとします。
過去を悔やんだところで戻ることはできないからです。

過去に戻ることはできませんが、今この瞬間に感謝して一生懸命生きると、過去の出来事の解釈も変わってきます。

未来の不安を頭で作り出さないためにも、そして、過去を良いものに解釈できるようになるためにも、今この瞬間を生ききることが大切になるのですね。

今この瞬間を生き切れば、将来の不安は消える。不安は真正面から向き合った瞬間に不安ではなくなる。

比較の罠に陥らない

見栄のために人生を浪費しないこと、平均や普通に惑わされないことも説かれてしました。

見栄のためにお金を使わないことについては、こちらのブログで詳しく説明しています。

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平均や普通に惑わされないようにすることも大切だそうです。
平均や普通というのは実体が伴っていません。

平均や普通と比べて自分がどの位置にいるかを考えることは、幻を追いかけるようなものだと言います。

確かにそうだなと思います。人によって環境や状況も異なりますし、価値観も異なります。
基準がないのに、平均や普通と優れている劣っている、と言ってもほとんど意味がありません。

著書の中でも、幸せは数字の中にはないと書かれていましたが、全くその通りだと思います。

大切な人生を「数字」に惑わされていてはもったいない。

自分にとっての幸せは何か、自分らしい生き方とは何かは、人それぞれが答えを出すものです。
自分の指針を作るには内観が大切になりますね。

幸せは数字の中にはない。自分の指針は自分で作る。優劣をつける行為は幸福感にとっては全く無意味である

欲望をコントロールする

欲望をコントロールする一番簡単な方法は、欲望の対象に出会わないことだそうです。
ダイエットをしている人は、ケーキ屋さんの前を避けるべし、と同じ理屈ですね。

特に欲しいものがあったわけではなかったのに、お店に入ると急に欲しくなってしまうことがあります。
物に刺激されてしまうのです。

安全な場所にいたければ危険な場所に依らないに限ります。
不要な物を買わないためには欲望の対象に出会わないに限ります。

僕の場合、TwitterやFacebookも承認欲求が刺激されて心がざわつきます。
まだまだ未熟だな~と思いながらも、承認欲求が刺激されて無駄に苦しまないように、1日10分と決めています。

人には分相応の心地よいサイズがある

幸せのサイズは人それぞれです。分相応の心地よいサイズは人によって異なります。
自分には合っていないサイズのものを求めると、かえって落ち着かなくなるものです。

ヤドカリが適したサイズ以上のブカブカな貝殻に住んでいては食べられてしまいますね。

僕は以前家族3人で7部屋ある家に住んだことがあります。
5,000坪の敷地の家にも住みました。田舎ですごく安く借りることができたんです。

広い家にあこがれていたので、最初は広くて気持ちの良いものでした。
大声出しても聞こえないし、敷地内で思いっきり走ることができます。のびのび暮らせることに満足していました。

しかししばらくすると、楽しみよりも苦労が増している自分に気が付きました。

春夏の草むしりで1日が終わってしまう。障子が30枚あり、息子も小さかったのでビリビリ破いていく。
貼り直すだけで時間もお金もかかります。

維持するのに負担がかかり、心が落ち着かなくなるのです。
3人で住むのに7部屋は必要ありません。結局3部屋は開かずの間になりました(笑)。

自分に合った幸せのサイズが一番だと身を染みて感じました。

今の暮らしを基準として、自分の幸せのサイズが少し小さくなったなと感じたときは、少しずつ自分で広げていけばよいでしょう。

ブカブカな貝殻に住むヤドカリのように自分の器にあわせて広げていけばよいでしょう。

自分の幸せのサイズが小さいことはむしろ喜ばしいことです。
地球に負荷を与えることなく暮らすことができているのですから。

幸せのサイズが小さいことはうらやましいことでもあるのです。

後編に続きます。

タライ・ラーマくん
後編では、人生の流れが美しくなるお金の使い方を具体的にさらに解説していきます。
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