亡くなった友人との再会(滝からのメッセージ)


妻も私も精神世界が好きな人間です。現実世界もしっかりと生きた上で、世界をもっと広い視点で見たいと思っています。その一つが精神世界です。

今回は、死後の世界にちなんで、亡き友達と再会した(と自分では思っている)思い出をお話したく思います。2021年7月ごろの話です。

亡き友人との再会(滝からのメッセージ)

先月、私の友人が急死しました。脳溢血で54歳の若さでした。私が富士山麓での生活で苦しんでいた時に弁護士を紹介してくれた友人です。彼は精神世界のリーダ的な存在でもあり、心身ともに強さを持った尊敬できる人間でした。

冒頭に書いた生まれ変わりを前提とした生き方を紹介してくれたのもその友人でした。

もともと彼は沖縄出身で親族の多くは沖縄におり、しかも急死だったため、葬儀準備ができる状態になく、関東に住むその方の姉と弟の計らいで小さな公民館で簡易的に行われました。

当日は彼と体形も顔もそっくりな弟さんは、誰も参列者は来ないのではないかと不安にかられています。

彼の友人たちが葬儀のサポートをし、彼に大変お世話になったこと、彼が多くの人に慕われていたことをご親族にお伝えしました。
幸いにも、弟さんの心配は稀有に終わり、参列にはたくさんの方が見られました。

彼がいかに多くの人の人生を救ってきたかを弟さんは目の当たりにしたようです。実際、弟さんもお姉さんも、彼が何をしているかわからなかったのです。

精神世界って、関心のない人にとっては、この人何やってるんだろう、と思うのも無理からぬことです。その親族がまさにそうだったのです。

彼はその世界では有名な方でしたが、灯台下暗しとはまさにそのことです。彼の死後、親族は彼の偉大さ、多くの人に慕われていたことにようやく気づかれたのでした。

今まで、私自身、親族も含め何度か葬儀に参加しましたが、葬式の良し悪しは参列者によってほぼ決まると感じています。豪華であろうがなかろうが、参列者が亡くなられた方に感謝の涙を流された時、その葬儀は最高のものとなるのです。間違いなく彼の葬儀は最高のものでした。

葬儀の翌日、私は身を清めるために滝に入りました。私自身、よく滝行をしており、滝に入ること自体は珍しくないのですが、その日は滝からメッセージが聞こえたような気がしました。芦ノ湖へ向くイメージが湧いたのです。

芦ノ湖は滝行の場所から1時間ほどのところですが、妻と一緒に向かいました。小雨の降る日、芦ノ湖には恵比寿様のにこやかな像が置かれています。それが彼にそっくりなのです。

やはりあなたが呼んだんですね。ここで会えましたね!何かとても感慨深いものがありました。

ふと見ると、恵比寿様の近くにボートが何艘か置かれています。そのボートに書かれた文字を見てびっくりです!

そのボートには書かれた名前は、彼の葬儀会場と同じ名前なのです。さらに手前のボートに書かれたナンバーが彼の誕生日と同じでした。

偶然かもしれません。でも、僕には彼がいたずらをしているように思いました。

彼は生前よく言っていました。死とは蛹が脱皮して蝶になるようなものだと。

幼虫は蝶になったらどんな世界になるかは知る由もない。しかし蝶の世界は存在する。だから死を怖がらないでほしい。

次の世界へ羽ばたく準備ができたということなのだから。蝶が蛹から脱皮したとき、悲しむ人はいない。死とはそういうものだ。

私のアイデンティティのひとつは旅人です。
旅人は、旅先でたくさんの経験を楽しみます。たくさんの旅をした後、いつか戻ってくる場所がある。

その場所こそ死後の世界だと思っています。

死んだ後、生まれ変わった新しい旅を楽しむのです。

亡き友人と芦ノ湖と出会え、私は死の恐怖が薄れました。何か死んだ後も命が続くような気がしたのです。理屈から体感に変わり、細胞レベルで確信したと言っても良いものでした。

この世とあの世はつながっており、制限のないあの世も素晴らしいのではないか、そんな気持ちを持っています。

死後の世界を探究する

先日、Netflixで『死後の世界を探究する』というドキュメンタリー番組を見ました。臨死体験や霊媒、幽霊などを検証する番組でした。

手術中脳波が停止しているのになぜか高い視点から周囲が見えている人、臨死体験中に天国で仲たがいをしていた父と和解しこの世に戻った人、臨死体験後に息子の死期がわかるようになり、息子の死期がわかっていながら子育てする母親。

そんな不思議な体験を持つ人たちが多く出られており、考えさせられる番組でした。
このドキュメンタリーは生きる深さを与えてくれました。

海を眺めるとそのはるか先に陸地が見えます。
はるか先の陸地は海でつながっています。

私たちの住む陸地の人がで海を汚せば、もう一方の陸地でも海が汚れ、時間が経つうちに大地も汚れてしまいます。

大気も海もつながっているのになぜ人は平気で汚すのか。汚染したものが自分たちにも帰ってくるのに。
平気で大気や海を汚染する社会が若い時から不思議でなりませんでした。

集合無意識を学んだ今、大気や海だけでなく魂も奥深くでつながっている。苦しんでいる人の魂も自分の中にある。個人的な幸せを求めるにしても、幸せを目指したいのであれば、苦しむ人をなるべく作らない方がよい。深い部分でつながっているのだから。

物質的にも心的にも深い部分でつながっていることを感じると、人は傷つけあうことが馬鹿ばかしくなるかもしれません。

生まれ変わりを前提とすると人生に焦らなくなる

妻と僕はヒプノセラピーで過去世を見てもらったことがあります。

僕は地球上で何度も生まれ変わっているようです。

妻は地球以外にも他の星で生まれたこともあるようです。証明のしようがなく、実際のところはわかりません。
ただ、自分の中ではしっくりきています。

精神世界はうまく使えば、視点を変えてくれるような気がしています。

成功したい!金持ちになりたい!名声を得たい!というのも私の人生は今世で完結すると思うからでしょう。
人生を焦ってしまうのです。

しかし、テーマを持って何度も生まれ変わると思えば、今世で必ずしも成功しなくても来世で成功すればよいと悠然と構えることもできます。

死生観をどう捉えるかにより、多少なりとも生き方が変わってくるように思います。

輪廻転生を信じることは良い面も悪い面もあるのも理解しています。今回うまくいかなくても生まれ変わったときに良い人生だったら良いという思想は、幸福度や安心感を高める反面、進歩発展という意味ではマイナスに働くことも多いでしょう。

輪廻転生を信じる国に発展途上国が多いのも、成功だけが人生ではない。
今成功しなくても次があるという考えが無意識に出てしまうのかもしれません。

どちらが良いか悪いかというよりも感覚的なものだと思います。

 

でもどうなんだろう。
僕は生まれ変わりがあって、何度も人生を味わえると考えたほうが、気持ちが楽になります。

焦って成功しなくても良い。
今世が必ずしもうまくいく必要はない。

人生は何かテーマを見つけて、生まれてきたと思えば、そのテーマがクリアできれば人生の目的は叶ったとも言えます。

次は新しいテーマをクリアするために人生を楽しもう。そんな余裕が出てきます。

この世からいなくなったらどんな世界が待っているんだろう。
それも楽しみな自分がいます。

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